CMoy (1) 考察


CMoy式あるいはChu Moy式というヘッドホンアンプの回路がある。数年前にHeadwizeという海外ヘッドホンコミュニティでChu Moyさんという人が発表したヘッドホン専用ポータブルアンプで、部品代を20〜25ドルで抑え、特殊な部品や回路を避けて作りやすく、かつSennheiser HD650のようなハイエンドのヘッドホンにも通用する音質をめざそう、というコンセプトのようにみえる。


ポータブル用のために低消費電力をめざし、ローコストで作りやすく、ということから、

  • 増幅はオーディオ用のFET入力でそこそこ電流が取れるOPアンプ一発
  • 電源は006P 9V乾電池一発
  • レールスプリッタは抵抗分圧のみ
  • 使われてる定数はE3系列?(つまり、1と2.2と4.7だけ)

というようになっているが、各定数についてはきちんとした考察がなされている。単純なだけあって追試も容易で、OPアンプのデータシートの参考回路図のような単純な回路でも、きちんと設計すればきちんとヘッドホンをドライブできるんだ!、と、世界中のヘッドホンアンプ自作コミュニティにおいて標準回路の地位を確立している。


Chu MoyさんによるCMoy式アンプの解説はこちら


回路図はこんな感じ。

OPアンプ周辺の定数なんて、なんとE1系列だ。帰還抵抗の10kΩによる11xのゲインは高すぎる、というのがCmoyアンプに対する批判的評価の代表だけど、Chu Moy氏にしてみればE1系列(?)を使いたかっただけなのではないだろか。
この回路図は片チャンネルのものだけど、もう1チャンネルとは電源部分は共用。
オリジナルでは入力のボリュームはオプション扱い。入れるなら10k〜50k、という指定がある。


冬休み、なにか工作したいぞー、と思い立ち、手持ちのPortaphile V2^2というアンプが電池食いまくりであまり稼働していなかったこともあって、前から気になっていたこのCmoyアンプを作ってみることにした。


「cmoy ヘッドホンアンプ」などとして検索すると国内のものも海外のもの山のように自作サイトがヒットする。あ、海外の場合はheadphone amplifierで検索だ。サイトの中には、上にリンクした「原典」には直接当たらずに、サブテキストを元に工作しているようなものもあってなかなかダンジョンになっている。たとえば、上の回路図でOPアンプの出力にシリーズに入っている抵抗は負帰還ループの外であり、これがオリジナルなのだけど、特に日本国内ではこの抵抗が負帰還の中に入ってしまっているのをよくみかける。


もともとのChu Moy氏の意図ではここの抵抗はオプション扱い。電源の分圧部分の定数がインピーダンスが100Ωを越えるゼンハイザーのヘッドホンなどを前提に設定されているため、32Ωなどのインピーダンスの低いヘッドホンを使う場合にここに数10Ωを入れて設計意図に合わせるように、と解説されている。
ちょっとここで、電源のデカップリングCである220uFと負荷インピーダンスとで構成される時定数について、ヘッドホンの負荷を100Ωとして低域遮断周波数を計算してみる。


f= 1/2piRCであるから、1/(2*3.14*50*0.000220)=14.5Hz。
左右両チャンネルを同じコンデンサでデカップリングしているので、Rとしては片チャンネルの100Ωが2チャンネル分並列された50Ωとしている。やはり低域時定数を持つ、入力部分のカップリングCと入力抵抗とによる低域遮断周波数を見てみると、
1/(2*3.14*100000*0.0000001)=15.9Hz。
FET入力のOPアンプであるOPA2134の入力抵抗は無限大としているが、電源と負荷による時定数ときちんとマッチしていることが分かる。この設計の状態で、最近のイヤホンなど32Ω程度のインピーダンスの負荷を繋ぐと、電源と負荷による低域遮断周波数は、
1/(2*3.14*16*0.000220)=45.2Hz
となり、さすがに最近の性能のいいイヤホンではこれは可聴帯域に食い込んでしまっているだろう。


Chu Moy氏の設計意図に従い、出力に数10Ωを入れることによって時定数は確保できるが問題もある。最近のイヤホン、特にKlipsch Image X10やEtymotic ResearchのER-4xのように数kHz以上の高域でのインピーダンスが中低域のインピーダンスの数倍から10倍にもなってしまうような機種では、出力に数10Ωを入れることでの帯域バランスの狂いは無視できない。なにしろ、ER-4SとER-4Pのキャラクターの違いは、ここの抵抗値を75Ω違えることのみで行われているわけだし。帯域バランスに悪影響を与えずに、きちんと低域のレスポンスを確保する、という点で、Cmoyアンプの作例の多くで行われている電源デカップリングCの容量増加には正当性があるが、負帰還ループの中に出力制限抵抗を入れるのはどうなのだろう。なんか不安定になるような気がするし、電源デカップリングCとの時定数には寄与するのだろうか。負帰還の理屈を、いまいちちゃんと理解していないのでわからない。むーん。


僕の場合もこれで鳴らそうというのはイヤホンだから、なんかの低域対策が要るのだと思うけど、まずはオリジナルの定数で作ってみることにした。出力抵抗は、おまじない程度に10Ω。


つづく。