2SC959만세 / サンスイ AU-9500の話 (12)


만세は漢字で書くと万歳。マンセーと読む。意味は日本と同じ。日本では、子どもの服を脱がせるときに「はい、万歳」などと言うと思うが、韓国では「マンセー」と言うらしい。こんなとこも同じ。


各部のコンデンサ日本ケミコンのKMGの450V品に、ドライバーPCBの2段目を2SC1941に変更して数日しか経っていないので判断には時期尚早だけど、しなやかでなめらかな音はそのままで歯切れのいい音はなかなかその片鱗も復活しない。しなやかな分抑揚が単調で、生気のない音にも聴こえてきた。あれだけ電解コンデンサを交換したのだから、ここはじっと我慢の子で耐えて、エージングが進むのを待つのが王道なのは分かっているけど、あー、なにかしたいなー、とチェンジニアリング心がふつふつと。


電解コンデンサの交換後に、音の生気がなくなった経験としてよく覚えているのは、ニチコンのBXというシリーズの50V/1000uFをコンデンサインプット電源の平滑に使ったときで、いろいろ他の部品を変えた後に、まさかこのコンデンサが、と半信半疑でフィリップスの胴回りに溝が刻んである青いアキシャル型のものと交換したら生気がもどったことがある。選択肢がある場合にはニッケミの方を選ぶのはそんなことが理由。


今回は、そのニッケミだし、耐圧450Vだし(根拠なし)、たくさん付けたので全部外して交換するのは面倒くさいし、などと考えた結果、急遽容疑者として浮かび上げたのが2SC1941。webをぐぐると比較的良い評判のある石みたいだし、これのメーカー指定コンプリである2SA916の、耐圧違いの2SA915は、金田式アンプに一度だけ2SA606の代替として採用されたという輝かしい実績を誇っている、らしかったのだが...。


ドライバーPCBはソケット式で、とてもかんたんにメンテナンスができるので、とにかくものは試しでこいつを替えてみることにした。候補は2SC1941の前に入れていた2SD756、2SC1400の標準代替品として有名な2SC1775の高Pc版である。


2SC1775は、2SC1400と比べながらCDプレーヤーの出力部の習作(そのうち日記に書こう)に使ったことがある。悪くない。メーカー指定コンプリである2SA872の、2SA726にはるかに及ばない凡庸さに比べればずっと使える。2SD756も、こないだAU-9500に入れたときに特には不満はなかったし、歯切れのいい音は同時期に入れたニッケミのMP 150V/1uFのおかげかと思い込んでいたけれど、案外2SD756の仕業だったのかもしれない。


2SD756の問題点は、そのパッケージがTO-92(1W)であることで、オリジナル状態で実装されていたマイナス電源を遮断するフューズの取り付け板金と形状がマッチしないところ。前につけたときは強引に板金をパッケージにかぶせたけれど、納まりが悪い。


どうやらサンスイ史上、商業的にもっとも成功したアンプであるらしいAU-9500に関しては、web上にさまざまな修理改造例をみることができる。ドライバー基板の写真も数多いが、たまにこのフューズが実装されていない場合がある。もともとなかったのか、どこかのだれかが外したのか。付いている場合であっても、ここの部分のフューズが熔断して、というような話は見つけることができない。


切れない保護回路ならば、外しても問題ないだろう。
外してしまおう。フューズの取り付けの問題がないのであれば、この2段目エミッタ接地には2SD756以外にいろいろなトランジスタが使える。耐圧に若干注意しさえすればいいだけなので、2SC959、2SC97A、2SC1400などもう使いたい放題だ。


音楽の生気が...、などと思っていたところだったから、まずは音楽の生気や開放感に関してのスペシャリスト、2SC959を使ってみることにした。同時に、2段目定電流負荷を構成する2SA607の発熱が多目だったので、これにはヒートシンクを取り付けることにする。(そうそう、この定電流用のトランジスタに触ってこれの温度を下げると、終段バイアス電流が一時的に減少する。これはどういうメカニズムなのだろう?)



チェンジニアリング後の全体像。外れているのは保護回路(フューズと330Ωのダンピング抵抗がシリーズに繋がっている)と2SC1941。



セメント抵抗の右側と、セメント抵抗の上にある電解コンデンサの陰に隠れているのが今回載せた2SC959。台北で買ってきたAロット品。2SC1161の上にも2SC959があって、これは正側3段ダーリントンの初段(プリドライバーという呼び方でいいのかな)、セメント抵抗のすぐ上にある2SA606は負側ダーリントン初段。


2段目用定電流は2SA607だし、初段差動は2SA726だし、石のラインアップだけは立派な金田式になってきた。


音、出した。涙。
素晴らしい。
この音を聴いては、歯切れがいい、とか、しなやか、とかそういう用語は浮かばない。ただひたすらに激しい音は激しく、静かな音は静かに、音楽の抑揚が丸められることなくすぅーっと出てくる。2SC959がもたらすのは、ある特徴を持ったよい音ではなく、どんな音にもどんな音楽にも余裕で追従する表現力の幅である。


2SC959はほとんど最終兵器なので相当な期待をもって投入したのだけど、その期待をも軽く飛び越えるパフォーマンスに驚いた。この石には今までも、何度も驚かされてきたのだけど、今度という今度は本当に驚いた。


webや書籍を見れば、音質を決めるのは回路技術、あるいは、実装が大事、などなど、部品選択に偏重してしまうチェンジニアを戒める話をたくさん見つけることができる。ポールの周波数も確認せずに結果オーライでトランジスタを交換してしまう僕などにとっては戒めとしてはもっともな話だ。異議なしだ。音質を決める要素の話としては、まあそうかもしれないけれど部品だって同じくらい重要だと思うんだけどなー、などと思っていたのだけど、ここはきっぱり間違ってた。音質は、一に部品、二に部品、だった。


もちろんお店で普通に買える量産品は別の話だ。普通に買える値段の商品にまとめるシステムは、特定の部品に性能が依存するような設計を許さないのだから。それが実用品っていうものだ。アキュフェーズの高級アンプの中身を見ると、涙が出そうになるくらい安い電子部品が並んでいるけれど、アキュフェーズ社が意図したであろう繊細感に満ちた輝かしい高音、やわらかく包みこむ低音、海外でエキゾチックと評されるらしい音がしっかり出てくる。当然部品を替えることでもたらされる違いなどよくわかった上で、希少だったり高価だったりする部品の使用に走らずに、安い部品でなんとかする。これこそ正しい実用品オーディオ、正しい日本製工業製品だ。


特定のFETを買い込んでは限定何台などという商品化を、実用工業製品のマーケティングに慣れた目からは無節操とも思えるほど繰り返していたサンスイは、特定の部品を使うことで得られる違いに目をつむることができなかった素人だったのかもしれない。言ってみれば日本国製造業の落ちこぼれか。実際つぶれてしまったのだし。しかし2SC959が出す隔絶したレベルの音を聴いて、そして誰かがアキュフェーズの最新のプリメインなりセパレートなりを持ってきてそのAU-9500改と交換してくれ、といわれてもきっと自分は断るだろう、などと思うとき、サンスイのやり方が、実用品に留まらない本物の工業製品を作ろうとするあがきだったのではないか、と思わずにはいられない。


実はサンスイのアンプを買って使ってみたのは、このAU-9500が初めてだ。サンスイの限定版アンプについてはその音を知らないので、そのうちに、状態の良いものを見つけて是非聴いてみたくなってきた。部品にこだわることを捨てなかったサンスイではあったが、日本では、その製品は実用品販売のルートに乗り、実用品と同じ土俵で戦わざるを得ない。そのためには、サービス性、各種付加機能、カタログ数値、価格、などなどの点で、他社の実用品アンプと比較可能である製品にまとめあげなくてはならず、部品選択において実用品の枠を越えたその志が、どこまで最終製品に反映されているのか、しっかり聴いてみたくなった。実用品工業システムの中で、正面から本物の製造を試みた数少ない実例なのかもしれないのだから。